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ムービーカメラマン

13年振りに彼から電話が入った

私は自分から縁を切ることはない、13年前も彼から難病に侵され余命を宣告されたと、驚くほどのポジティブな人なので驚いた。

いや、その前にも連絡があり「前田先生、不思議なものが撮れちゃったんですよ」見せていただいた一枚の写真、ご自宅の部屋でカメラを回した際、鉛のボールがコマ送りのように弾んでいる、ただ動画ではなくお気に入りのライカだったと。

有能なカメラマンですから、霊能者を内外問わず知っているのにワザワザ連絡してくる、幾多の事件現場を撮影してきた彼の経歴は皆さんがご存知の歴史的瞬間の写真も多いでしょう、三島由紀夫の最後の写真も彼が撮影。

しかし、どうしても気になる一枚とのこと、確かに気になったはずの一枚。

それを正直に伝えられるかどうか、相手を見極めなければなりません。

それは彼の実父の旅立ちが近いことを示すものでした、彼が私を選んだのには理由があります。

お互いに自分の出した結果について、常に分析をし間違いじゃないだろうか、いや間違いであって欲しいと願うことも共通していました、とにかく各々のプロ意識が高く話をしていても尽きない縁、だからこそ発見という言葉を実現できた間柄。

普段はどうであれ、いざとなればお互い真剣勝負で追及する、だからこそ生まれる信頼がある、数日後それが現実となりお父様は他界されました。

「前田先生お世話になりました、撮影に入れば身内の不幸があっても行かなければならないから、事前に聞いて親父の最後を見送ることができました」笑顔で答えられたのも、つい先ほどのように思える。

そして13年前「もう、ダメかもしれない」珍しく弱音を吐き、私の反応を試す彼はカメラマン、私の直ぐ側で様々な現実を映してきたから、些細な言葉も仕草さえも逃さない。

動けないほどダウンしていたけれど、見事に難病を克服して復活されたのです、それは私の力ではなく偽りのない必死であったご本人の願いを後ろからそっと背中を支えただけです。

今夜、ある男性へ昨日手紙を宅配で送付した、その思いが通じればと連絡を待っていたところへ、しわがれた声の主で「前田先生ですか?」聞き取れないほど小さな声の向こうから機械音がする、滅多に電話を取ることのない古い番号が着信しており、待つことをしていなかったら気が付かなかった。

難病を克服し、いつかお礼にと思いつつ時が過ぎ御免なさい、そして先ほど警察病院に緊急搬送してもらったそうです。

肺癌のステージ4だと、息ができず….

このまま逝ってしまうかもしれず、死ぬに死ねないから特別許可を貰い電話している、絶え絶えな声で13年間の出来事を語り「これが最後の連絡になるかもしれないので、ご本尊様へ感謝と寺内のみなさんへよろしく伝えてください」

本音は、まだ生きられるだろうか、死にたくない心の叫びが聞こえる、しばらく息を整えるようゆっくり話しをしていると落ち着いたのでしょう、声に力が出てきました。

私は医者ではないので病を治すことはできません、しかし、病は気からの言葉があるように倒れそうな心をお不動様の元で陰から支えられるよう修行中。

元気が出た様子「お礼参りに必ず行きます!!」よかった、本当によかった。

来るもの拒まず、去るもの追わず、来るならアポ電して、去るなら濁さずです、スタンスは昔から変わっていない。

今日もいい日やった

 

長野から立派なアスパラのお供えが届きました、ご本尊様へ供え明日はお下がりを頂戴いたします。

コイタロウお父様、ありがとうございました。

 

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