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師走月

昔からの例えで「坊主殺すに刃物はいらぬ、盆と正月が一緒くればよい」などと物騒な話があるくらい忙殺月(汗

長い信徒さんを倒れやしないかと心配させてしまう、昼食にいつもお接待のパンを持参してくださる方、食材を気に留めてくださる方々、御本尊様へお使いする寺内を気遣ってくださり、ありがたいことです。

昨日いただいた「菊芋」お漬物でいただいたことはあっても、生のものは初めて。

生姜と似ていますが調理方法は今ひとつ分からず、蒸かし性分を見ながら少し潰しサラダにして見ました、ゴボウのような香りとシャキシャキ感が美味しかったです。

サフラン粥をつくる訳がわかりました。

突然のはじめての参拝者、車椅子は階段がある為、事前に連絡をいただかないと外参りをしていただくことになります。

本日は、たまたま男性役員と参拝者の女性がいてくれたので本堂へ上がっていただけました、その手がなければ難しいほどの階段です。

動けるうちに参る寺を護る、病になれば守っていただけるよう自らが準備して置かれる、仏の前では皆平等ですから弱者も健常者も隔てはありません。

仏の慈悲というのは、無分別であり弱者・障害者・健常者などを分別しません、勿論、職業も貧富さえも無分別であるが故に救われるのだろうと私は思うのです。

仏の前で特別な人はおりません、特別扱いされる事を為されたのでしょうか。

当たり前など何もありません、いつ病や障害を持つことになるのかもしれません、だからこそ只今が行中、生涯行の真っ只中だと。

将来もお不動様へと思う志があるのならば、いつか正座ができなくなるかもしれない、未来の自分へ椅子や手摺り、スロープなどを困る前につくろう、椅子を増やそうとされる信心の人は思うのです。

きっと階段手摺りが無かったら、登れなかったかもしれません、昼食前に唱える言葉をもう一度噛み締めていただけると言わんとすることが伝わるかもしれません。

失われつつある寺の姿を残す、山寺を今後もお護りさせていただく所存です。

サフラン飯のお粥をつくり、心丈夫であることを願いお振る舞いです。

いい日やった

 

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