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実家

帰るところがある、心休まるところがある….

祖父母がいなくなり、両親もいなくなる、寂しいことですね

足腰が立たなくなり、患い手間がかかり世話がやける、しんどさから双方の口から愚痴が出る

だけどね、家や土地は残っていても、命がそこから消えると体の芯から寂しさでたまらなくなるほど、冷えるんよ

実家があるということは大事たね

少し長くなるけれど、ひとつ聞いてください

ここからちょいと離れた大きな栗の木がそばにある、爺と婆のことです

終戦最中を超えてきた二人は仲よく暮らしておりました、子供は一人男の子で嫁を貰い孫も二人。

爺と婆は、若い時から節約し広い土地を買い、いつか息子に嫁が来てみんなで暮らせるような家を立てる楽しみを持ち、腰が曲がるほど働き畑でこさえた野菜を工夫しながら、七輪でボツボツ煮ては食べ日暮れになれば早々と寝、朝日が昇る前に起き仲よく顔を洗い婆は小さな手鏡で頭を整えておりました。

そんな姿を手鏡のなかに映る爺の笑顔、婆は婆で手鏡を通しにっこり微笑み、二人の時間はゆっくり流れていきました。

苦労して購入した土地の横に大きな道路ができ、いつしか二人の土地は街の便利が集まり、あちらこちら家がたくさん建てられ二人が住む小さなトタン屋根と大きな栗の木が別世界の風景となっていきました。

昔ながらの方法で作った野菜がうまいと評判になり、年に数回の塩と醤油・砂糖を買うだけの暮らしには十分、水は井戸から汲み電気も日暮れが早くなった季節に裸電球のスイッチをパチッとつけ…

厠もボトン式で年に一回ほど肥料にする分くらいを爺が撒き土をかぶせ、ハエも匂いも出ないくらいじっくり時をかけ土を作る。

二人の楽しみと日課は、夏になれば建物の間から見える花火と正月の初参り、毎朝爺の手作り棚に「ゴセンゾサマ」と書かれ画鋲で止められた年季の入った紙の前に年代物のコップへ井戸の水を入れ、小さなロウソクと線香の燃えかすで溢れそうな香炉へお菓子の缶から取り出した線香を供え、深々と二人揃って朝夕の挨拶です。

長さ七、八センチに折られたお線香、その香りの良さを今でも思い出します、婆は「ゴセンゾサマは私らの宝やで、なんでも一番。息子を守ってくださるでよ」と。

ある日のこと、婆が栗の木の下で背広と留袖を解いていた、どうしたのと尋ねると悲しそうな顔で「息子の結婚式にって、爺さんの背広と留袖だけは取ってあったけれど、結婚式に息子が恥ずかしいから来るなと、それじゃ孫の時にと取っていたんだけど嫁が孫にまで恥ずかしい思いをさせるのかって怒鳴り、その後ろで息子が私らに手を合わせておってな。。。私らのために肩身の狭い思いをしていたとは、可哀想でね」手を止めることもなく、くっくら解いていました。

そして、しばらくすると二人がニコニコしているじゃないですか、尋ねると「息子一家が家の図面を持ってきて、一緒に住もうって言ってくれたがや。」

それまで住んでいたところを壊し、大きな栗の木付近に仮住まいのトタン屋根の家を爺が作っていました、今までよりも少し小さく六畳ひと間と七輪を二つ置ける玄関兼台所、二人の心は嬉しくて雨の日の叩きつけるような音も気にならなかったのですね。

工事も進んだ頃に訪ねたところ、今度は暗い顔しているじゃないですか

聞くと毎日隣で工事の音がして、どんな家になるか大工さんが帰ったあと二人で見に行っていたそうな、そこへ嫁が来て「お義父さんもお義母さんもいい加減にしてください、家が汚れるし気持ちが悪い!仏壇だって買いたくもないのに買わされて!!」….

工事が始まる前に息子が「お金の心配はいらないよ、自分たちでなんとかするから。そうだゴセンゾサマを祀る仏壇も立派なのにするから、土地の登記証と実印を出してくれないか」嬉しかった、ただ嬉しかったと爺さんが話してくれた。

仏壇を購入するのに登記証と印鑑?もしやと思い、息子さんを訪ね聞こうとした横から「他人様に、ましてや得体の知れない坊主なんかに口を挟まないで!!」激昂する後ろで拝む息子さん、爺さんと婆さんはこの姿を見ながら息子さんのことを考えたのでしょうね、実に切なく檀家寺じゃないのにと言われ怯んだ自分を情けなく思った昔のこと。

ほどなくして、家の完成間近に爺さんが亡くなったと聞き、婆さんのことも気になりお経のひとつでも回向させていただこうと訪ねたその日、婆さんが栗の木で首を吊りかけていた!!

しかし、台が低かったため顎先だけが引っかかり、力がないため自分の体が持ち上げられず四苦八苦のところへ訪ねる、まさに爺さんが助けに行けというようなタイミング、間に合ってよかった。。。

高齢と栄養不足なため入院することになり、後日見舞いへ行くと点滴を食事を拒否するため治療ができないと看護師さんたちが困っていました。

婆さんの話を聞くと、ゴセンゾサマの紙が燃やされ新しい仏壇へ入った爺さんへ参ろうとすると「線香を焚いたら家が臭くなる」だから、家に入れず仏間のある外から毎朝挨拶しに行くと「毎朝、煩いわね!土日ぐらいゆっくり寝させてよ!」って、戸に鍵をかけられ爺さんに会えないから爺さんのそばへ行きたくて、そしたらあなたに見つけられ、ここから出るに出られないから何も食べないと爺さんに早く会えるよう頑張っていると虚ろな目をしながら話してくれた。

ご近所さんの話では、新しい家に同居できず爺さんが作った家にずっと住んでおり、七輪から火が落ちてボヤ騒ぎになり、火元となるものは片付けられスーパーの惣菜と茶碗いっぱいのご飯を貰っていたそうです。

気色悪いと大きな栗の木が切り倒されたその日、婆さんは病室でひとり息を引き取り「餓死」してしまいました、なんとも切なくお通夜へ出かけお焼香させていただきました。

婆さんはすっかり骨と皮になり、喪主の息子さんは呆然と参列者へ対応し私を見つけるや否や「母は成仏しているでしょうか」と、爺さんも婆さんも我が息子を最後まで見守り続け、我が子を恨む筈もなくうっすら笑みさえ浮かべていました。

しかし、世間は立派な家に住む息子一家をよく言わず、夫婦に亀裂が入り離婚となり残された家も売りに出されたと。

それから数年後、何のご縁か新しい家主となった方が近隣に住む人から聞き、私を訪ねて来ました。

曰く「実はとある方向からか「むかえにき…じいさ…ここだよ…」とか細い声がするのです、ご近所さんからあなたのところを教えていただきました」

一通り話を聞き、婆さんは四十九日どころか初七日も回向されることなく才太郎畑で爺さんを探していらっしゃる、新しい家主と息子さんを探し当て事情を話し、法名を刻まれている墓前へ参ることにしました。

婆さんも爺さんも、とても信心深い人でしたから祟りや恨みなど、少しも持たないお二人のことをお話しさせていただき、これから起きる摩訶不思議なことを数人のお二人にお世話になったご近所さんを交え、ご回向をさせていただきました。

婆さんに聞いたところやはりお腹が空いていたのでしょう、また、生前も贅沢をされず一度だけ近所のうどん屋さんでうどんを食べてみたかったとのこと、息子さんへ伝えうどんを用意していただくようお願いしました。

うどん屋さんも出前先が墓地とは前代未聞、温かいうちに墓前へ供えると芳しいかおりの香がどこからとなく….

そして、皆に目を開け今から起こることを自分のめで確かめ、婆さんを偲びましょうね

供えられたうどんが見る間にどんぶりの半分まで減っていく、まさにありえないことを目にし、さらに婆さんへもう半分をゆっくり食べるようすすめ「私はもうお腹がいっぱいだから、○○もお腹が減っているかもしれないので半分食べて」と答え、その旨を息子さんへ伝え残りを食べはじめた途端、大粒の涙とともに「母ちゃん、ごめん!ごめんよー!」泣き崩れ詫びていましたが、婆さんはとっくに恨んでも憎んでもいないのですから。。。

その場に居合わせた人たちも驚き、信じることの大切さと追善回向の実際を目の当たりにし、私のところは菩提寺ではないのですがご回向をお願いしに来られます。

息子さんは、その月の月命日から年数を経ても、追善回向を七日ごと七回され四十九日をつとめ、その後再婚されたそうです。

また、お孫さんは両親が祖父母にしたことを記憶しておられ、後の話も承知の上で苦しいことや嬉しいことを墓地ではなく、拙寺へ参られ祖父母へ手紙を書き供物へそっと添えられています。

縁あって、お会いしたときは立派なお父さんになられ、こっそり祖父母の住むところが秘密基地のようで楽しかったこと、炭火でナスを焼いてくれその美味しかったことなどたくさんお話ししてくださり、僕の実家は無くなりましたが僕の心の実家は真伝さんです、これからもよろしくと丁重なご挨拶を頂戴いたしました。

ひ孫さんたちも大きくなり、車の免許を取られ僕は○○です覚えていてくれますか?

もちろん、婆さんと爺さんから赤ん坊だったあなたが自慢のひ孫と、お名前を聞かせていただいておりました。

さて、とんでもない長文になりましたが、現在でもその場に居合わせた人もおられ、もしかしたらそんな話をお耳にすることがあるやもしれませんね。

あるんですよ、そんな不思議なこと、信じる信じないはあなたまかせです。

ごゆっくりおやすみください。

 

 

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  • コメント ( 4 )

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  1. 広島の島 小松

    こんにちは。ゆっくり時間をかけて文章を読んで、自分なりに四十九日までの大切さを理解しました。教えは、過去にどこかで聞いたような、しかし、実際には、スピード時代、葬儀の後は、仕事のため帰宅・・・現実は・・・。
    前半の様な話があったとしても、世間では少ない話では無いと、済まされる時代かもしれません。後半のお話は、住職さまの特別な能力で導かれ救われ、ありがたいことです。
    確かに、信じるか信じないかは皆さん次第ですが、「才太郎畑」初めて聞く言葉、事例をとおして、お話を聞くと、とてもわかりやすいです。
    この様な大切な教えを、なかなかお寺で聞く機会のない、私どもにも、今後も機会をあたえて下さい。よろしくお願い致します。
    今日の事は、家族に伝えて、子孫に伝え続けて行くように話します。
    今日も、ありがたやありがたや!!

    • wakei

      広島の島 小松さん こんにちは 文才がなく申し訳ないと思います。人の生死は様々、送り方も迎え方も様々、これがよしというものでもなく、ただ私たちの寿命に長短あるよう浄土の様にも長短あるようです。マントラと並行し、幾ばくかでも伝えられればと思います。私がお救いしたのではなく、爺や婆の優しさと思いやりが届き、息子さんが気づき実践され、私はその人生の一部へ添わせていただくご縁をお不動様からいただいたのです。そうそう、お約束の行灯用のものが見つかりました、明日発送させていただくよう準備いたしましたので今しばらくお待ちくださいね。

  2. 広島の島 小松

    住職さま、早速のお返事ありがとうございます。
    住職さまの、一語一句が、この世に56年生きる私には、感動の教えとなっております。お不動様の無限のお力もありがたいことです。住職様の慈愛の心があればこそ、私と結び付けて頂いていると感謝しております。住職さまと同じ時代に生きる事が出来ることこそが、一番の幸福です。まだまだたくさん教えてください。
    最後に、ご無理なお願いをいたしまして、お手間をとらせて申し訳ありません。楽しみに待っております。
    今日も、良い一日をおくらせていただき、ありがとうございます。

    • wakei

      広島の島 小松さん ひとつお伝えしておきます。未使用の行灯ライトがあり、設定方法があるそうですので説明書を一緒に入れさせていただきました、使っていただければ幸いです。

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