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灌仏会

本日は灌仏会、お釈迦様のお誕生日です。

諸説ありますが、花まつりと言われるようになったのは明治時代からと。

◉一切皆空 お釈迦さまは、私たちの世界は自分の思い通りにならないことばかりである、という真理を説いています。

仏教の「苦」とは、単に苦しいということではなく、「思い通りにならない」という意味です。

この「苦」には、「四苦八苦」と呼ばれる八つの苦しみが挙げられます。

◉諸行無常 世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理です。
世の中の物事は常に変化を繰り返し、同じ状態のものは何一つありません。

それにも関らず、私たちはお金や物、地位や名誉、人間関係や自分の肉体に至るまで、様々なことを「変わらない」と思い込み、このままであってほしいと願ったりもします。

それが、「執着」へつながるのです。

このような苦しみにとらわれないためには、ものごとは必ず変化するのだということ、全てが無常の存在であることを理解することが大切です。

◉諸法無我 全てのものごとは影響を及ぼし合う因果関係によって成り立っていて、他と関係なしに独立して存在するものなどない、という真理です。

自分のいのちも、自分の財産も、全て自分のもののように思いますが、実はそうではありません。

世の中のあらゆるものは、全てがお互いに影響を与え合って存在しています。

自然環境と同じように、絶妙なバランスのうえに成り立っているのです。こう考えると、自分という存在すら主体的な自己として存在するものではなく、互いの関係のなかで”生かされている”存在であると気がつきます。

◉涅槃寂静 これは、仏教の目指す苦のない”さとり”の境地を示しています。

仏教に限らず、あらゆる宗教は「どうしたらみんなが幸せになれるのか」を追求します。しかし、世の中は自分の思い通りにならないことばかり。

そんなとき、人は自分以外のものに原因を求め、不満になり、怒りを抱くものです。

仏教では、こうした怒りは全て、自分の心が生み出していると考えます。

その原因となっているのが、疑い、誤ったものの見方、プライドや誇り、欲望などの「煩悩」。

こうした煩悩を消し去り、安らかな心をもって生きることこそ「涅槃寂静」、つまり”さとり”の境地なのです。

そこに到達するためには、先に挙げた”諸行無常””諸法無我”をきちんと理解することが大切です。

あらゆる現象に一喜一憂することなく心が安定した状態になれば、結果として幸せに生きることができるのです。

病気や死への恐れ、人間関係から起こる悩みなど、人の一生にはさまざまな苦しみがつきまとうものです。

ときには、自分の思い通りにならないことに対して憤り、その苦しみに振り回されてしまうこともあるでしょう。

でも、できることなら苦しみに振り回されず、安らかに生きたいものです。

仏教が目指す境地は「成仏」、つまり〝仏に成る〟ことです。

“仏”とは世の中の真理に目覚め(=さとり)心は何にも乱されず、その智慧を活かして人々の苦しみや悩みを解決しようとする人を指しています。

仏教や成仏というと、お葬式や死後の世界などを連想される方もいるかと思います。

しかし、お釈迦さまが繰り返し説いていた教えは、私たちがいのちを授かっているこの”現世”で、いかに悩みや苦しみから開放され、生きながら仏になるかということに尽きます。

つまり、”今”を生々と生きるための智慧、それが仏教なのです。

なかなか成仏できない今日の我が身、お誕生日をお祝いするとともに、只今の自分を考える

 

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