祖母の話
その昔、祖母から伝えられた留袖の紋、今は洋装ばかりになり着物文化が薄れてきました。
ネットから図を拝借し、諸説あるでしょうが私には祖母の話しを書いてみます。
幼子が生まれたとき命を持っていく魔物は背中から入りやすい、産着や着物・晴れ着の背中に糸で魔除けの模様を縫い付け御守りとする。
実は随分前のこと、広島の信徒さんが心臓が悪くいつ止まるかわからないとの電話を受け、本麻の衣から糸抜きのうえその方をお守りする背守りを縫い付け、赤の麻布へ納め送りました。
ご高齢でもあり、御本尊様へお祈りをすると形が見え、針不精ながら懸命に縫いました、あれからどれだけの年数が経ちましたやら、今もご健在でおられ何よりです。
紋についても、一つ・三つ・五つあり下記のように格式があるようですね。

礼装である着物の紋にはそれぞれ意味があり、一つ紋の背中の紋がご先祖様、正面左右胸の紋が両親、袖の紋が兄弟姉妹や親戚を表し、自分がその血筋の者であることを紹介するとともに、ご先祖や多くの方々から守られる「お守り」としての意味も込められていると。
我が子の結婚式の正装としての礼服は五つ紋の黒留袖、大切に守り育てましたと迎えたり嫁がせたり。
少し大きくなると着物の畳み方・浴衣を自分で着れるように、なにしろ時代は着物が支流でしたから祖母は毎日着物で、紐タイプのモンペで農作業をしていました。
襟が汚れないように手拭いを当て、襟変えも帯の締め方もなんとなく教えてもらっていましたね。
嫁ぐ際に持たせる留袖の紋は白で抜き、嫁ぎ先の家紋を入れさせてもらい家族になる、男の子であれば家紋をそのまま染めていただく、どんなに貧しく嫁入り道具がなくても留袖だけは持たせる、愛おしい宝物の子供をお守りしてほしい尊い願いの形でした。
母に縁が薄かったけれども、祖父母から色々学び、ひとつの知恵として伝えなければあの世の祖父母に申し訳がたちません(*^^:)
学びに貧富は関係ありません、ダイヤモンドは燃えるけれど知恵は命が果てるまで、身に付くというのが祖父母の口癖でした。
お釈迦様の祥月命日へ、伽羅香を薫じました。

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